原人の対応力
T大工さんとはじめて仕事をしたのは15年以上も前こと。確か松本市内の料亭跡地にそのオーナー家族の自宅を建てたときでした。
「床の間には倉庫に保管してあったネズコの木を使って」、「コーナーにはジグザグに枠を模って稲妻を表現したい」、「玄関脇には竹の床柱とポスト口を」…。京都の建築家の細かい注文にも難なく応え、楽しい家造りができたのを今でも覚えています。
その後、木造三階建ての旅館の耐震工事では一緒にジャッキアップして床を持ち上げたり、木造の難しい納まりでどうしたらいいか相談したりと、同じ年齢ということもあって、私の家造りには欠かせない存在になっています。
Tさんは宮大工の弟子として10年以上働いていたので、寺社をはじめ和風建築が得意。大町在住で田畑を耕し、ニワトリを育て、ミツバチの養蜂をして日々の生活も満喫しています。また地元の猟友会に所属し、メンバーとシカやイノシシなどを獲りに行くのを趣味にしています。
獲物はその場で解体して皆で分けるそうで、時々シカやイノシシの冷凍した生肉を持ってきてくれます。今年いちばんの収穫はクマの肉。妻にその塊を渡すとそのワイルドさについていけないようで、まだ一度も会ったことのないTさんを「原人」と呼ぶようになりました。
最近は新建材を使った住宅が増え、Tさんのように手加工で昔ながらの家を建てる大工さんは減ってきました。手間暇かけるよりも、ラクして効率よく造るのが最優先に。
こちらが求める施工に対して自分流を主張し、できるアピ-ルをする職方もいますが、いざ依頼すると材料の拾いができなかったり、見映えを考えずに施工して仕上げがきれいでなかったり、残念なことがときどきあります。
弊社では昨年の暮から松本市内で古民家の改装工事をしています。メイン大工はもちろんTさん。工事は梁や柱を新建材でくるんでしまった建物を元の状態に戻し、浴室やトイレなどの水廻りは一新して機能的で快適に造り直しています。
骨太の構造躯体を復元するのは、ワクワクします。ただ新しくするのではなく、あるものを生かすことを考えます。
新建材の床を取り除こうとTさんがのこぎりを入れた時、かすかにケヤキのにおいがしたそうです。あわててのこぎりを止めて床をはがすと、もともとあった元のケヤキの一枚板が表れました。そこで板に貼り付いた接着剤を削り落とし、以前あった状態に戻しました。
また、新たに室内ドアを建て込む時には今ある建具を利用できないか、壁を解体するときはそこだけ違和感がないようにするにはどうしたらいいか、などTさんはいつも一緒に考えてくれます。
今年の3月、引き渡した大町の集合住宅でもコラボしました。社宅として造られた建物は、限られた予算の中での試行錯誤の連続でした。自然素材を取り入れた開放的な空間は入居者の親御さんにも好評で、私たちの仕事の励みになりました。
↑2階へと続く露出階段
↑単身者向けの集合住宅
↑ロフト風の2階は山小屋をイメージ