地球に寄りそうサスティナブル住宅

スクラップ&ビルドをくり返す現代住宅はもう卒業。バレナは次世代に引き継ぐ本物の家造りを提案します。

心地いい陽の明るさで目覚める

「最近、目覚める瞬間に感じるんだけど」。朝食をとっていた妻が話しかけてきた。何だろう、想像つかない。「鼻がムズムズし出すの」。花粉症の妻は夜、安眠するために薬を飲む。朝に近づくと薬が切れてくるのだそうだ。鼻が痒くて目が覚めるって……。

 

私の目覚めは、闇のなかでブルブルブル~ンという風音ではじまる。少し間があって、チャッ、チャッという足音。と同時に鼻と口のまわりをペロペロ舐められる。愛犬がやってきて起こそうとするのだ。少しの間というのはヤツの背伸びの時間。睡魔と執拗なペロペロ攻撃との葛藤。とにかくしつこい。最後はあきらめて、布団を跳ね上げる……と、まだ朝5時。

 

4月中頃になると目覚め方が変わる。吹抜けの小窓から陽が差し込み、しだいに部屋が明るくなってくる。全体を見渡し、「いま何時だろう?」と考える。窓からは新緑の木々。明るくなりはじめる時間を楽しみながら起きる。

 

一年間でこの季節がいちばん好きだ。窓を開けると少し肌寒いけど、空気が美味しくて清々しい。ゴールデンウィークには山桜の花びらが舞う。地味だけど新緑の風景には似合う。農業用水路からは、水が勢いよく田んぼへと流れる。

 

水面に映し出される北アルプスの山並み。田植えがはじまる耕運機の音。通りには体より大きいランドセルを背負った小学一年生の初々しい姿。「ゲッゲーン、ゲッゲーン」と声をしぼり出すような雉の声。あぜ道を駆け抜けるキツネ。

 

季節を感じ、その変化を楽しむ。そんな何気ない日常に癒されます。

 

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↑あと数週間でここが水田に

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↑路傍の草花

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5日間で完成した4㎡の小空間

「トイレの改装をするだけで、いろんな業者の方が入るんですね]と話すのは、弊社が工事を依頼された建材メーカーの社員。わずか4㎡ほどの空間でしたが、限られた工期で完成させるのは大変でした。

 

工事内容は、壁で仕切られている洗面室とトイレをひとつにまとめて、新しい設備機器に交換すること。築20年を越える洗面室は薄暗く、和便器のトイレは年期が入っていていました。そこで、明るくて気持がよく、居心地がいいスペースを第一に考えました。

 

工期は5日間。改装工事ははじめてみなければわからない部分が多く、問題発生しそうなところを想定しているのですが、内心はドキドキしながらやっています。

 

初日は解体工事。壁と天井を取り除き、洗面台と和便器、室内ドアを撤去。Pタイルだった床は、電動ドリルでコンクリート下地まではつります。この作業は建物全体に響き渡る騒音と振動、視界を遮る粉塵で埃まみれで、クタクタになります。解体が終了すると、壁・天井の下地材が現れました。今回は集合住宅やマンションに使われる軽鉄下地でした。

 

2日目は、はつった床の排水や給水の配管工事と電気配線工事。大工による天井と壁の下地づくりと断熱材の充填、壁の石膏ボード貼り。3日目は、キッチンパネルの壁貼りと見切材を使用した天井の石膏ボード貼り。手間暇かかりますが、仕上がりはいい感じになりました。薄壁用の片引きドアも取付けましたが、下地を固定するのにひと苦労。気がついたら翌日の午前2時過ぎでした。

 

4日目は、床のタイル工事。モルタルで下地を造り、乾いたら300角の磁器タイル貼り。天井には珪藻土を塗ってもらいました。最終日は、タイル目地施工やクロス工事、照明器具や洗面台、便器などの器具付けにコーキング工事。

 

なんとか無事工期に間に合いましたが、ほんと大勢の方の力がなければできない仕事です。

 

改修工事は先が読めなく、新築工事とくらべて時間や費用がかかります。でも現状のものを生かしながら再生することはいいことだと思います。それに手探りでカタチにしていく作業は緊張感があって、楽しいです。

 

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↑水廻り改修工事前(ビフォー)

 

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↑完成したトイレ空間 (左)便器はフロントスリムのタンク式。コーナーみは竹をイメージしたデザインパネル (右)パイン材の片引き戸と人造大理石の洗面台

 

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↑(左)デザインパネルの素材はラジアータパイン (右)支給していただいた照明と換気扇スイッチ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜の季節を感じながら和やかなひととき

何気ない日常生活でのちょっとした出来事は、けっこう刺激的だったりします。私たち家族にとって3月のイベントは、娘の彼とご両親との食事会。諸事情あって延び延びになっていましたが、4月に入籍することが決まりこの時期になりました。

 

心配性の妻は何事も準備万端でないと気がすまない性格。当日に着ていく服から、待合わせ場所まで、2ヶ月以上前から決めていました。食事会場は夕食でかしこまるよりも、カジュアルなランチにしようということで、娘たちが東京・溜池山王にあるホテルのビュッフェを予約してくれました。

 

「ねぇ、食事代の支払いって、それぞれの親で折半するの?」、「ビュッフェだと、どのタイミングで料理を取りにいったらいい?」。そういえば自分たちのときは、私が選んだ高田馬場にあるイタリアレストランだったけれど、あの時は誰が支払ったのだろうか?

 

その記憶はまったくない。でも後の義母が私の父の顔を見て、「なんか伊丹十三監督に似ていない?」と言ったことは、今でも覚えています。お酒好きな義母は、ワインのほろ酔い加減で、初対面の両親にもフレンドリーでした。

 

結婚後は夕食になると、お酒が飲めない義父と妻の代わりに、晩酌のお供をしていました。最近では、お酒をこよなく愛する娘がお相手しているようです。

 

話を戻してランチの支払いですが、キャッシャーの前でそれぞれが財布を出すのも変なもので、娘たちに払ってもらうことになりました。食事会は終始和やかなムード。ビュッフェで席を立つ間も気分転換できてよかった。妻は料理のマナーをネットで調べてシュミレーションしていましたが、思い通りの食事ができたかは定かではありません。

 

小説やTVドラマでは、結婚式以外で両家の家族が顔を合わせるシーンは少なく、ストーリーとして面白くないのかもしれません。でも、結婚という道筋のなかでは重要ことだなって思います。それは彼のご両親やお兄さんと話をしているうちに、彼の人柄が見えてきたからです。娘が選んだ人だからと信じていましたが、少し安心しました。

 

「この親にしてこの子あり」といいますが、私たち夫婦はどう見られていたのか……。次なるは、来年1月の結婚式。妻の準備がいつはじまるか、いまから戦々恐々しています。

 

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↑ホテル近くの「桜坂」。あの有名な歌の舞台ではありませんが…

 

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 ↑6日前の桜は一分咲き。今日はたぶん満開ですね

ファンタジスタと呼ばれたい

イタリアの広場が好きだ。シンボリックな教会や市庁舎を中心に、レストランやブティックなど、洒落た店が取り囲む。「チャオ(こんにちは)」、「コメ スタイ(元気)?」。地元の人たちの何気ない会話。そばでは小さな子供たちが夢中で、サッカーボールを追いかける。

 

数百年以上の歴史ある建物。そこにはツアー客が添乗員の話を真剣に聞き、バックパッカーが床に座り込んでパニーニを頬張っている。日常生活を過ごす地元の人たちと、外からやってきた旅行者。この空間は違和感がなく、居心地がいい。

 

日本では広場をつくっても、通り過ぎるだけの雑踏になってしまう。ヨーロッパの広場と、どこが違うのか? 私の卒論のテーマでした。そこに行くだけで高揚していく広場。イタリアのフィレンツェに滞在していた時に、毎日のように通っていた「サンタ・マリア・デル・フィオーレ広場」を思い出します。多くの出会いがありました。

 

ある日、広場の石段に座っていると、一人の若者が話しかけてきました。「自分はナポリからやってきた」。そういえば、彼の髪の毛は黒色。イタリア人というよりはギリシア人のようだ。「プロサッカー選手で、これからフィオレンティ-ナと試合があるから観に来ないか」と誘われました。

 

当時、日本ではサッカーは野球人気にくらべてマイナーなスポーツ。Jリーグが開幕する7年前のことです。その日の夕方、私はフィレンツェのスタジアムにいました。彼の姿を探しましたが、最後まで見つけられませんでした。試合結果は憶えていません。記憶にあるのは試合終了後、サポーターが発炎筒を焚き、目がチカチカしたことだけです。

 

サッカーの面白さとイタリア人の熱狂的な応援は、このとき知りました。

 

イタリアには「ファンタジスタ」というサッカー用語あります。パスやドリブル、シュートなどで、閃きや創造性を発揮し、観客を魅了する選手のことをいいます。賞賛と尊敬の意味が込められているそうですが、「誰ともなしに呼ばれるもの」で、本人自らが名のるものではないそうです。

 

先日、野球評論家の野村克也さんが、薬物使用の疑いで逮捕された清原博和容疑者へのコメントで、「野球は技術力には限界がある。その先は頭で考えるしかない。……技術の先には頭脳と感性が必要……」(太線は筆者)と話していましたが、これがファンタジスタの条件のような気がします。

 

何かやってくれそうなファンタジスタ。仕事もそんな刺激がほしいですね。

 

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↑サンタ・マリア・デル・フィオーレ広場

 

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↑ジョットの鐘楼から見たフィレンツェの街並み

 

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フィレンツェの中心街はチェントロ・ストリコ(歴史的地区)と呼ばれ街並み自体が博物館のよう

 

 

建築家の人となりを感じてしまう家とは

小学校4年生の少年は、学校が終わると一目散で新築中の住宅に向かった。「ドン、ドン、ドン、ガン、ガン、ガン」。建設現場特有の音が鳴り響く。丸太足場から2階へ上ると、大工さんがカンナで木材を削っている。「シュッ、シュッ、シュー」。ほのかに木の香りが広がる。

 

少年は東京・世田谷区の団地から、都下に移ってきたばかりの転校生。といっても、周辺にできた新興住宅地によってクラスの1/3が転校生なのでアウェイ感はない。それに、転校して2ケ月が過ぎたというのに家はまだ完成していない。私鉄とバスを乗り継いで、小一時間かけて通っている。

 

世田谷の団地には約10年住んでいた。当時1960年代の団地には、水洗トイレ、ダイニングキッチン、ベランダなどがあり、鉄筋コンクリートの近代的な建物は憧れの的で、そこに住む人たちは「ダンチ族」と呼ばれていた。近くの都営住宅がまだ「ぼっとん便所」の頃だ。

 

誰もが一生懸命で、その団地には、後の国民的な映画監督や名俳優、ラジオの深夜番組のナレーションでお馴染みだった声優、大学教授など文化人が多かった。大卒の初任給が約1万円という時代、家賃が月額4,100円~5,200円。少年の両親は夫婦共働きで何とか入居基準をクリアした。

 

少年の母は、建築家として独立し設計事務所を構えた夫を支え、働きながらコツコツとお金を蓄え郊外に土地を購入。住宅ローンを組んで、夫の設計で家を建てる事にした。「あなたの好きなように建てて」と、言って。

 

転校後の7月、少年はついに引っ越した。でも台所の壁はモルタル下地のまま。浴室も床と壁がアスファルト防水の状態で、体を洗うには浴槽でシャワーをかけるだけしかない。庭も整地が終わっていなくて雨が降ると泥だらけだ。

 

その後、家は少しずつ化粧され機能的になっていく。建築家の手によって魂を込められる。職人さんの手仕事による、ちょっとした納まり、ちょっとした設え……。その変化を見るのが楽しく、少年はいいようのないワクワク感に襲われた。近所からは「あの赤い三角屋根の変な家」と評判だったが、建築評論家がその住宅をとりあげ、雑誌にも掲載された。

 

もうおわかりだと思いますが、少年は私で、建築家は父です。

 

父は生涯自由人でした。母の経済的なサポートの中で、住宅やお寺の庫裡、保育園、会社のビル、工場、遊園地の施設、店舗内装など、大好きな建築に携わってきました。幼心に覚えているのは、いつも製図版に向かう後ろ姿。トレーシングペーパーから浮かび上がる建物は、魔法のようでした。

 

最近の住宅は経済効率ばかり追求して、住み手の気持ちを考えていません。使用している外壁や内装材は特定のメーカーに集中し、完成した家は似たようなカタチで、似たような内装。どこの工務店が建てても代わり映えがしない。私にとっても耳が痛い。建築家の建物を見ても手法や考え方に工夫がないし、刺激を受けるものが少ない。

 

それが父の建築となると、住み手のためにもかかわらず、どこか彼の気配を感じ、ほっこりする。「何故だろう?」。突き止めてみよう。コラボして一緒に建築してみたい。

 

そんなことを思っていた矢先の1月30日、父は永眠しました。

 

大きな道標を失いました。

 

これからは父の後ろ姿を追いかけていこうと思います。それが一生かかっても乗り越えられない壁でも‥‥。

 

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↑鎌倉に建つ酒造会社社長の自邸

 

 

消費増税とインバウンドで住宅着工の見通しを読む

東京のグランドプリンスホテル新高輪で、平成28年新春経済講演会が開催されました。主催はナイスパートナー会連合会・ナイス株式会社。ナイスは住宅建築用資材の国内流通・輸入販売事業などを展開している企業。私たちにとっては、取引している建材屋さんの商社にあたります。

 

講演会は午後から建築業界に関わる企業の社長、副社長8名による特別パネルディスカッションが行われました。テーマは「住宅業界の市況予測と各社の戦略」。今年の新設住宅着工戸数と日経平均株価の予想。

 

着工戸数は消費税値上げによる駆け込み需要を考慮して、前年度より数%伸び95万戸前後というのが大方の読み。株価については、今年に入って大幅に下がっていますが、年度末には20,000円前後に回復して、昨年より上向きになるという見方をしています。でも、私たちのような小さな会社にとっては景気が良くなるという実感がありません。

 

消費税が8%から10%に増税するのは平成29年4月ですが、注文住宅では平成28年の9月までに請負契約を済ませれば、平成29年4月以降に引渡しでも消費税8%が適用されるという「経過措置」があります。私は前回8%に上がった時の経験上、ハウスメーカーや地場ビルダーは契約を9月までに済ませたら、来年4月以降に着工をはじめるとみています。

 

オイルショック」と「チャイナショック」により悲観的な見方もありますが、多くの経営者は意外にも楽観的。その中でよく耳にするのが「インバウンド(inbound)」。これは外国人の旅行者を自国へ誘致することの意味で、旅行・ホテル業界などで使われます。実際、外国人旅行者は年間1,900万人を超え、かなりの経済効果を見込まれています。

 

弊社のホームグラウンドのひとつ白馬村でも11年前からオーストラリアへの誘致活動がはじまり、多くの旅行者が訪れています。オーストラリア人以外でも中国人、アメリカ人、シンガポール人など、外国人の姿が目立ちます。洒落たホテルやレストランでは異国の人たちでいっぱい。時々「ここは何処」って、つい思ってしまいます。

 

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↑休憩中の新春経済講演会。出席者は1801人と過去最多。

 余談ですが、そのほとんどが男性で休憩中の女子トイレは男性に開放してました

 

 

 

我慢する家からの卒業

今から23年前、東京からIターンした私たちファミリーが借りたのは、松本市内にある平屋の一戸建て。築20年くらいで、断熱が入っていなくて隙間だらけ。

 

真冬に寝床に入ると、顔を出しているだけで鼻の頭が冷たく、足のつま先はいくら経ってもかじかんだまま。天井に向かって「ハーッ」と息を吹きかけると、ゴジラの白い光線のよう。

 

当時、信州では新築の家でも窓サッシはシングル硝子、断熱材は床に25㎜の発泡スチロール、天井と壁は厚み100㎜10kgのグラスウール。石油ファンヒーターをたくと、和室の障子や、勝手口ドアの硝子はびしょ濡れでした。

 

同じ頃、北海道では高気密・高断熱で暖かい家造りが進んでいて、そんな家を札幌まで見学に行きました。外気温がマイナス20度でも、室内は「Tシャツ一枚でも過ごせる家」。私には魅力的で、自分の家は絶対にコレだと感じ、数年後に試行錯誤しながら我が家を建てました。

 

その後、北海道の住宅も結露などの問題が噴出し、高気密・高断熱だけではいけないと換気を取り入れ、改善されながら今に至っています。寒冷地・信州では、冬の寒さ対策をいちばんに考えるべきです。廊下に出ると寒い、脱衣場が冷えていてヒートショックで倒れる。

 

家全体を暖かくするのが健康によいことですが、ラニングコストが気になり、新築の家でも一部の部屋だけ暖房しているのを見かけます。それは寒さを我慢しながら過ごしていることに他なりません。

 

バレナでは自然の力を活用しながらエコを考える「そらどまの家」プロジェクトをスタートします。

 

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↑「そらどまの家」のパンフレット。ご希望の方は弊社にご連絡ください